黒死館殺人事件

 澁澤龍彦による解説と、細谷正充による文庫解説に、小栗虫太郎略年譜がついている。
 著者が実に楽しんでいるらしい、読者をどんどんと幻惑の中に溶かし込んでくれるような作品である。
 そうした著者の好き勝手が、ただ著者ひとりのみの楽しみに終わらずにあるのは、ひとえに説得力の有無によるのだろうと私は思う。それが本作では、数々の書名、詩文、人物伝といった博識によって為されている。この膨大な参照と引用が、まずは目を引くのだが、事件自体はその骨格において単純とも言えるだろう。各死体現象や、それ及び人間心理への解釈の踏み込み方、探偵・法水麟太郎の言の経過による変化といったものが、本書を奇書などと言わしめているのかもしれない。ただ、ひどく良い幻惑を味わうことができた。
 そういえば、ときどき読みにくく感じることがあったが、解説によると、小栗氏はそういった書き方をしていたらしい。おそらくは私の没頭力の有無によって、各機会ごとに生まれた読力の差が、ときおりの鈍読となって現れたのだろう。というのも没入感に包まれて読み進めたこともあったからである。