七人の武蔵

 歴史時代アンソロジーと、カバー表紙に書いてある。というわけで著者が七名の「七人の武蔵」である。
 掲載順に記していこう。
「京の剣客」司馬遼太郎
宮本武蔵津本陽
宮本武蔵の女」山岡荘八
「人形武蔵」光瀬龍
宮本武蔵武者小路実篤
「宮本造酒之助」海音寺潮五郎
「よじょう」山本周五郎
 最後に解説を編者の磯貝氏が書いている。
 はじめの作品「京の剣客」は巻頭に相応しい、引き込まれる作品である。京都の兵法家吉岡兄弟を描き、最後に武蔵との対決がある。吉岡側の資料から構成されている様子で、吉岡の凄味が分かることで武蔵との仕合いに緊張感が出る。結末も軽快で面白かった。
 次の作品は、残念ながら知識の披瀝にとどまっていたように思う。あまり印象に残ることも無かった。
 山岡荘八による武蔵は七作中では最も人情味を感じられる。女、というのは武蔵の晩年を世話した人物であり、彼女を媒介に武蔵が周囲の人々と情を通わせてゆく様が描かれている。結末はもの悲しい。
 真ん中の「人形武蔵」はファンタジー風味の作品。どうやって武蔵は攻略するのか、というところが見所になるだろう。
宮本武蔵」というタイトルの二作目は、ほぼ全文が“俺”と武蔵の会話である。会話文が、読みにくいのだが、それは始めだけのことだ。良く分からない文章になっているのが、実に会話らしく、しばらく読んで二人の距離感がつかめると、かえって彼らの存在感が増す。

「(略)然し、人生は殺気だよ」

 というわけだ。
「宮本造酒之助」というのは、武蔵の二人の養子のうち、弟の伊織でない方だそうだ。みきのすけ、と読むという。伊織の視点から兄の造酒之助を見ることを通して武蔵を描き出している。話としては起伏がそれほどあるわけではないが、伊織の感情が豊かに表されていて、その瑞々しさが作品を鮮やかにしている。
 最後は庶民から見た武士の武蔵である。「よじょう」の主人公は武蔵ではない。彼はただ、滑稽噺の狂言回しといったところだろうか。この作品については、吉川英治宮本武蔵」を読んだことがあれば、解説が分かりやすい。

(略)剣聖、宮本武蔵の偶像破壊が見事におこなわれている傑作である。

 一冊でさまざまな宮本武蔵、そしてさまざまに面白い歴史時代小説の傑作が読める、たいへんお得な本であった。