増補版 時刻表昭和史

 時は止っていたが汽車は走っていた。

 時刻表を通して語られる著者と汽車との思い出で描かれる、戦前、戦中、終戦、そして増補での戦後。
 人や物を運搬する能力は、よく国の威信めいたものを想起させつつ扱われることがあるように思う。どこからどこまでを何時間短縮とか、特に鉄道に関しては用地の問題もあるし、国というものが出てきやすいのだろう。
 そうした汽車を表すものとして、時刻表は的確なのかもしれない、と本書を読んでいた思った。車両の等級や、運行本数の変化など、国の盛衰に連動しているのではと思わせる。
 一方で、本書は著者の小学生時代から始まり、大学生までが語られる。そうした個人、またその個人の視線による当時の友人や家族や乗客の様子といったものが、著者の記憶の鮮明さ/朧気さや風物描写によって表されている。
 そういった点で、時の全体的な流れと私的な流れが、立体的に時代を見せてくれる。
 冒頭に引用したのは、終戦を告げる天皇のラジオ放送を聞いた後の様子だ。止まっていた時は著者個人のものであり、走っていた汽車はこの国全体のことであるように思える。
 とはいえ、読み始めはなかなか読みにくく感じた。というのも、資料として数多くの時刻表が掲載されているのだが、これの読み方が分かりにくかったからだ。特に最初に出てくる山手線のものは、今見ても良く分からない。要点はなんとなく分かるけれど。
 時刻表に見慣れてしまえば、実に面白い。そして見慣れるのは簡単だ。ふたつみっつ見たら慣れる。そんなわけで、大変楽しめた。
 とくに興味深かったのは、当時の(著者のまわりの)人々の生活の様子が読めたことだ。世代のせいかもしれないが、私は歴史小説を読むような感覚で本書を読んだようにも思う。
 私が本書を知ったのは2008年6月8日の第23回西荻ブックマークでのことだった。「世田谷文学館」のこと、という題で、出演者の斉藤直子さんが話中、本書の名を挙げた。世田谷文学館では今「宮脇俊三と鉄道紀行展」を開催している。ぜひ見に行きたい。