火怨(上)

 行きつけのパスタ店のご主人に推薦された本。次に来たときには感想を聞かせてと言われては、読むまで行けないので読まねばなるまい、という冗談交じりの理由もありつつ、手に取った。
 時代は、未だ朝廷の支配が関東までの頃、平安時代の始まる数年前から物語は始まる。場所は陸奥、といっても、どのあたりだろうと思っていたところ、踝祐吾さんに話したら地元だとのこと。正確には踝さんの故郷である岩手県で、アテルイの出身という胆沢は岩手県の南寄りに位置すると地図を描いて教えてくれた。思っていたより北だなあと感じた。
 話は朝廷と蝦夷の戦いを描く。朝廷側でいう蝦夷討伐といえば征夷大将軍だが、上巻ではまだその職は登場しない。ただ、名前だけ登場する人物に、その職と合わせて名の知られている坂上田村麻呂がいる。
 蝦夷の側では、あまり政治的な話題が描かれない。アテルイや軍師の立場にあたる母礼という人物など、個人をよく描いている。一方の朝廷は個々については武門の出か否かというくらいで、朝廷での地位や立場、組織の軋轢のようなものが多く描かれる。国対民衆といった印象が、そのせいか強い。
 組織って強欲だよな、と思う。それは「我々」と「以外」の分割が強烈になることに比例していそうだし、またそこには「我々」に対する信仰が、自信や自尊心として、さらに信仰対象において自己を高みに置こうとする保身とも混ざり合って存在するように思う。
 幾度かの朝廷軍に対する勝利によって、蝦夷の長たちが折々に攻める戦いを口にすることがある。そういうときに「我々」への信仰、狂気としての自信が垣間見えるように思う。
 下巻の冒頭を少し読んだ。上巻で朝廷の大軍を破ったアテルイたちは、都において、その華麗、強欲、そして蝦夷への侮蔑を体感する。この先を読み進めることが楽しみである。